ふと思ったこと

ときおり自分の嫉妬心やあこがれについて考えることがあります。

自分なりに結論を出してみると、

それは相手との類似点を見出しているということだと思います。

 

比べる対象として存在しているからこそ、

自分より優れた部分や劣った部分に目がついてしまうのです。

 

それが良いか悪いかは分かりませんが、

最近の私はどちらかといえば悪いことだと捉えることが増えています。

 

仕事柄、あまり家の外に出る必要がないため、

他の人を比較対象として出せる機会がないからかもしれません。

 

自分自身の溜まった感情を、InstagramFacebookを通して吐き出している、

そんな感じもしています。

あまり健康的ではありませんが・・・。

 

自分自身のことが嫌いになってしまいそうなので、

あまりSNSを見ないようにしています。

 

この間、近所のレンタルビデオショップに母の付き添いで行きました。

久しぶりに漫画のレンタル欄を見て、最近の流行を追いかけました。

 

TVドラマ化されている少女漫画の原作をパラパラ―っと、

立ち読みをしてみようと思いました。

 

逃げるは恥だが役に立つ

海月姫

東京タラレバ娘

こうして眺めてみると、本当に様々な作品が出ているんだなぁと。

 

そしてハンターハンター最新刊も出ていました。

久しぶりにコミックざんまいの日々に埋もれてみるのもいいかもしれません。

 

ちょっと取りまとめが分からないところで、また書きます。

プロフィール作成2 出会い~起業

“自由”というものを目指してみようと模索し始めてみたものはいいものの、
自分自身がどうすれば自由になれるのかはさっぱり分かりませんでした。
 
なぜなら、僕は普通のサラリーマン家庭に生まれ育った人だからです。
まあ、いちおう母方のおばあちゃんは自営業で酒屋さんをやっていたので、
なんとなくサラリーマン以外の生き方も知ってはいました。
(よく小さかった頃におばあちゃんのお店へ遊びにいき、お菓子をもらったものです)
 
とはいえ大学生ながらに、ネットワークビジネスというものに対しての抵抗感のようなものを受け取ってしまっていました。
マルチレベルマーケティングという仕組が、どうしてもネズミ講のようなものだなあ~という印象を受けたので)
 
しかし、確かに職場や給料といったものに縛られない、自分の思い通りの人生を送れていたのは事実でした。
そういった人生を送っている人はいるし、確かにそういう方法は存在している、ということは、
僕にとっては明るい目標となったし、人生における一つの転機になったのは事実でした。
 
その後、僕は立命館大学の膨大な貯蔵量の図書館に足しげく通いながら、
自己啓発のビジネス本にどんどんハマっていくようになりました。
 
もっとも僕に影響を与えてくれた本は、思考は現実化するという本でした。
ナポレオン・ヒルという方が書いた本なのですが、僕の人生を一変させたのです。
(影響を受けやすい)
 
この本自体は、図書館ではなく同じ授業を取っていた友人から教えてもらいました。
類は友を呼ぶというのか、友人の家に遊びに行ったときに、
本棚は自己啓発系の書物で満載だったのです。笑
 
そのうちの一冊を貸してくれたのが、この思考は現実化するでした。
その本には、自分の思い通りの人生を送るための方法が事細かに記されていました。
そしてそのことを『成功』と呼び、成し遂げた人のことを『成功者』と呼んでいました。
 
そうか!と僕の頭の中ではビッグバンが起こりました。
今までは自分の人生というものに対して、まったく真剣に考えていなかったことに気づいたのです。
要するに、親の言うとおりに大学進学を決め、社会の言う通りにそのまま就職していくつもりだったのです。
(そんなことは無意識に、当たり前のことだと思っていました)
 
自分の人生を自由に決めることができる、ということに確信を持つことができたのです。
そして、人生の中で意義ある目標を設定して、計画的に行動を続ければ達成できる、と。
 
確かに大学入試で同じプロセスを辿っていたはずなのですが、
まさか人生でも適応できるものだとは夢にも思っていませんでした。
誰もが何かに向かって達成を試みたことはあると思いますが、
まさにそれの応用なので誰にでも挑戦できることです。
 
そして、自由を手に入れる価値ある目標とはいったい何なのか?
ということを知ることができたのが
・金持ち父さん貧乏父さん
ユダヤ人大富豪の教え
という2冊の本を読んだときでした。
 
偶然にも金持ち父さん貧乏父さんは実家の本棚で見つけました。
また、ユダヤ人大富豪の教えは学校の図書館で貯蔵されているのを見つけました。
(あまりにも感動して、著者・本多健の通信教育に大学生ながら何十万というお金を支払おうとしました)
 
金持ち父さん貧乏父さんも、ユダヤ人大富豪の教えも、ベストセラーになったほどの書籍ですので、
知っている人も多いかと思います。
自由になりたくてまだ読んだことがない人は、必読です。
大学生の頃から自己啓発と呼ばれるジャンルの本は何百冊と本を読んできていますが、
自由人になるためには本質的にこの2冊で事足りるのではないかと思います。
(ナポレオンヒルはもう少し広い範囲での意味合い、 成功 というものを取り上げている本です)
 
この二冊の本を読むと、すでにどんな職業に就くかどうかによって、
自由に自分の人生を生きることができるのか、
それとも不自由で嫌々ながらに仕事に行かなければならない人生を生きるのか、
決まってしまうということでした。
 
僕の家庭はどちらかといえば、
この不自由な生き方という人生を選んでしまっていたようです。
(大好きだったおばあちゃんも含めて)
 
つまり、サラリーマンや自営業という道を歩むと決めた瞬間から、
時間やお金、場所、そして場合によっては精神的な自由というものを奪われてしまうのです。
僕にとっては、どれだけサラリーマンの生き方で年収を上げていっても意味がないことに気づいてしまいました。
 
コンサルタントになるのか、医者になるのか、それとも弁護士になるのか。
そういったことはもはや自由になるためには無関係だったということです。
確かに、経済的な面では自由になるかもしれません。
年収が3000万円あれば、毎月手取りで100万円ほどのお金を手にすることができるでしょう。
好きな服だって買えるし、好きなお店で食事を食べることもできるでしょう。
 
しかし、以前私がお会いしたOさんのように、
「明日、友達とロサンゼルスに行くのよ~」
というような生活ができるとは想像しがたいものでした。
 
なぜなら、急には仕事が休めないからです。
アメリカに行こうと思えば、飛行機に乗るだけで1日かかってしまいます。
帰りも1日。そうなれば当然、土日の休みだけで行くことはできないのです。
 
お金や時間の両方が自由になるためには、
もう一方の道・・・金持ち父さんの道を歩むしかありませんでした。
きっと、その道がOさんのような自由な生き方に繋がっていると信じて。
 
また、ユダヤ人大富豪の教えからは、人間関係の大切さを教えてもらいました。
多くの場合、そうした自由な生き方をしている人たちは、
従業員やビジネスパートナーに支えてもらって自由を得ている、
ということが書いてあったからです。
 
あらためて、人を大切にすることを心に決めました。
 
私はそれから、人間関係をより深く構築することの意義を見出し、
交流会を主催することにしました。
 
これまで大学生活を2年以上送り、多くの人と出会ってきました。
携帯の連絡先を眺めてみると、なんと高校生の頃から1000件以上増えていたのです。
つまり、毎日1人以上の人と出会っていたことになります。
これはすごいことだと思いました。
 
同時に、1000件以上増えていた連絡先のうち、
今も連絡を取り合っているような友人関係は3%にも満たなかったのです。
そう、人間関係というものはすごく儚いものだと憂いを感じました。
 
私は、もう一度この出会ってきた人たちと出会える場所を創りたいと思いましたし、
再会することが出来る場を創りたいと願いました。
そして、後輩や他の人たちには私のような憂いを感じてほしくない、
という熱い想いもこみ上げてきました。
できることなら自分の交流会という場においては、
他の僕が参加してきた交流会とは違って出会いの場でなく再会の場にしよう、と。
そのためには、より素晴らしいレベルの交流会を開く必要があると思いました。
 
そんなときに出会った友人たちが、私が代表を務めた『ティラミス会』という交流会の幹部です。
彼らとの出会いは、京都の居酒屋で集まった起業家飲み会でした。
今でこそ、若手起業家やベンチャー経営者という言葉が広まっていますが、
当時はそういった言葉は流行っている言葉ではありませんでした。
そのため、偶然にも同じ志やマインドで生きている人と出会えたのは奇跡と言えるでしょう。
 
その日、私たちは4人でお酒を飲みながら語り明かしたのです。
そのとき、熱中しすぎて時間が過ぎるのを忘れてしまったのを覚えています。
 
そして、飲み会の最後にデザートのティラミスが出てきて口に運んだとき、
ピタッと時間が止まったような瞬間が訪れました。
「うまい」
今まで面白いほど熱中していた白熱会話が面白いほど見事に止まり、
このティラミスという食べ物に支配されてしまったのです、場の空気が。
 
「これはティラミス会やー!」
 
とメンバーの一人、のちに副代表になる幹部なのですが、
この白熱するほどの会話が成り立つ会合をティラミス会と名付けたのです。
 
ティラミス会はすぐにmixiでコミュニティが設立され、
すぐに100名規模で集めてしまおうという流れがその晩に起こったのです。
 
僕はこのとき、自由への階段を昇り始めているということも、
これを起業と呼ぶということすらも、全く理解できていませんでした。

プロフィール作成

自分のプロフィールをつくるために、

これまでの経歴をまとめてみます。

 

雑記ブログとして取り扱いしているので、

一貫させるテーマは人生哲学、自己啓発

 

私はごく平凡な町で、ごく平凡な公立学校を経て、

育ってきました。

 

小学校は家の近くにある普通の学校でした。

低学年の頃はよかったのですが、高学年に上がるにつれて

先生の強さもどんどん上がっていきました。

最高学年にもなると、先生が恐ろしく、

授業中は教室中がシーンとしている学校でした。

(まれに先生の説教で1時限が終わってしまうイベントが起こります)

 

中学校に上がると、そんな環境がまったく忘れ去られたように、

自由な校風の学校となりました。

(もちろん、公立中学校です)

となりの小学校の学区と統合されたのですが、

そこは結構やんちゃな子どもの多い学区だったのです。

私たちは先生に頭も上がらなかったくらいなのですが、

そこの子どもたちは逆に先生をハメてしまうほどだったと聞きます。

(トイレ掃除で先生を水浸しにするとかそんな感じです)

 

まじめな私たちとやんちゃな彼らがうまいこと合わさって、

かなり学年全体の空気感は良かったと思います。

いじめとか登校拒否とか、そんな噂は耳にしませんでした。

 

そのときの恩師から、推薦されたとおりに高校を選びました。

私はどちらかというと自由気ままに生きていたいタイプなのですが、

恩師がいうには「決まりの厳しい学校へ行きなさい」とのこと。

思えばこのとき、縛り付けられるような校風の厳しい学校へ行かなければ、

僕の人生はどうなっていたんだろうと少しブルブルと震えます。

 

そうして選んだ高校は、周囲の市区町村の中でもとびきり厳しい学校でしたが、

(愛知県内の普通の公立高校です)

僕は卒業するまでちゃんと授業に向き合うことが出来たためか、

晴れて関西有名私立、立命館大学に入学することができました。

 

立命館大学に選んだ理由は、

経営コンサルタントになろう

という将来の夢があったからです。

 

経営学部を選び、4年間学びましたが、

自分の興味や目的にも適っていたのでとても楽しい生活でした。

 

すごく順調な滑り出しをして人生を満喫していました。

このまま僕は、大きな企業に入って、一生安泰な人生だな、と夢を描いていました。

 

ある、一人の女性と出会うまでは・・・。

 

 

大学に入ってから2年ほど過ぎていき、

学校の単位もほとんど取れている状況になってきました。

週に2~3回ほど学校に行けば充分だったので、

僕は学校外での活動を増やしていくことにしました。

このときは京都に住んでいましたので、

よく淀川の流れる三条大橋で待ち合わせして、

街で買い物したり、飲み会に参加したり・・・。

というごくごく平凡な大学生でした。

 

「ねえ、面白い人いるんだけど会ってみない?」

 

たまたま飲み会に参加したときに知り合った女性(きっと30代半ばくらい)

から後日メールが来て、

あんまりよく分からないまま断る理由も無かったので

 

「いいですよ」

 

と返信をしました。

このとき断っていたら、また恩師のときと同じく、

僕の人生はどうなっていたんだろう・・・と身震いしてしまいます。

 

 

その方のお家というのが、

京都・淀川の上流にありました。

京都は観光名所にもなっている祇園と、

閑静なお店や住宅が立ち並ぶ北山があります。

 

北山のほうに、その方のお家はありました。

門構えはまるで3階建てのお家のようで、

どうやらそれぞれの階では別々の人が住んでいるようでした。

 その方のお家は、2階のフロアすべてなのでした。

 

僕はごく普通の大学生として育ってきましたので、

すごく当たり前のように緊張してしまいました。

お金持ちのお家に入ったことなんて、ほとんどありませんでした。

(一応、実家は持ち家です)

 

僕をお誘いしてくれた女性(Yさん)も一緒だったのですが、

「なんだか緊張するねえ~」

と僕と同じようにそわそわしていました。

何度か来たことがあるようなのですが、

立派な門構えだからついついそうなってしまうんだと思います。

 

チャイムを鳴らすと、セレブなオーラが飛び跳ねている女性(Oさん)が

 

「いらっしゃ~い」

 

みたいな元気な感じで、しかしゆるめな雰囲気で出迎えてくれました。

お肌もつやつやで、もはや美魔女としか言えない存在でした。

 

「どうぞ~~」

 

と中にご案内されたので、私たちはお邪魔させていただきました。

何人かお友達の女性がすでに中にいらしていて、

なんだか不思議な空間だったことを覚えています。

 

私は訳も分からないままだったので、

その空間で流れのまま合わせていきました。

 

するとOさんがなんだかテレビショッピングのような感じで、

洗剤のプロモーションを目の前で始めていたのです・・・!

 

わあ、すごい!よく落ちるなあ~と感心してしまいましたが、

そのときの私はこれが世の中では悪玉菌のように扱われている、

ネットワークビジネスというもの(業界最大手のA社でした)

とは全く知りようにありませんでした。

 

もちろん、僕は大学生だったので、

コンプライアンス上でも勧誘は禁止されているので、

将来の道の一つとしてYさんが連れて来てくれたという話でした。

 

Oさんは私を見るにあたり、

「私からも将来に向けて、投資しなきゃ~」

とかなり好感触を抱いてもらったことを有難く思っています。

 

(その後、あちこちイベントに連れて回ってもらったり、

業界に関する書籍を何冊かいただきました)

 

よくよくついて話を聞くと、

A社ではタイトル制度というものがあり、

全国でもほとんどタイトルを取っている人数が少ない

ダブルダイヤモンドという年収3000万円くらいの方だったと知りました。

 

私はこのとき、金額に驚くことはありませんでしたが、

経営コンサルタントも年収3000万円くらい狙えるので)

もっともびっくりしたのはそのライフスタイルでした。

 

「わたし、明日はサンフランシスコに友達と旅行なのよ~」

 

どうやら急に向こうでの鑑賞チケットが手に入って、

住んでいる上のフロアの友達と一緒に、旅行に出かけるとのことなのです。

 

私はなんて自由なライフスタイルを送っているんだ、この人は。

と驚きました。

サラリーマン家庭に育っていた私は、

仕事をしていれば当然、土日に旅行に行かなければならない、

という固定観念が当たり前のように染みついていたからです。

 

というかそれ以外には方法がないだろうとすら思っていました。

完全に私の中では頭がパニックになってしまい、

ほとんどそのときの考えは覚えていません。(今でも思い出せません)

 

しかしそのとき私の中に残された感情といえば、

「僕もこんな自由な人生を送ってみたい!」

 

という熱い想いだけでした。

 

しまいにはOさんが、

「わたしの夢は、子どもたちが こんな大人になりたい! と言ってくれるような

かっこいい大人になることなのよ~」

 

という話を聞いて、僕の頭と心はついに爆発してしまいました。

 

「どうすればこんな人生を手に入れることができるんだろう・・・。」

ということを真剣に、模索し始めるようになりました。

 

 

コンテンツを創ることについて僕が思うこと

素人ながら、自分の考えをまとめるために書きます。

 

コンテンツを創る上で最も大切なことは 質 です。

なぜなら、WEB上で自身の発信する情報が唯一と思わせる必要があるからです。

 

そもそも、一番になるというのは手段であり、目的ではありません。

ユーザーにとって、唯一無二の存在となることが真の目的なのです。

 

WEBサービス戦略で有名な有名な言葉といえば、

 

・その業界内で 最速 の地位を取る

・その業界内で 最大 の地位を取る

 

という戦略論です。

サイバーエージェントの藤田社長や、

楽天の三木谷社長が発している戦略です。

 

事実、彼らの経営しているアメブロ楽天というWEBサービスは、

その業界ではシェアNo.1を獲得しているといえるでしょう。

(インターネットブログ業界、インターネット通販業界)

 

結果として彼らのサービスは、

 

ブログと言えばアメブロ

通販サイトといえば楽天

 

というように、

ユーザーの頭の中に不動の地位

(これをブランディングといいます)

を確立させているのです。

 

さて、質を高めるためには圧倒的な訴求力が必要で、

ユーザーにとって唯一無二の存在にならなければいけないことは書きました。

 

唯一無二の存在になるとは、つまりユーザーがファンになる、ということです。

 

ファンにとって、ほかの類似Webサービスはもはや選択肢ではないのです。

あなたの身の回りにも、そういったブランドが一つや二つ、

存在しているかもしれません。

 

よく話題にあがるものといえば、MacとかiPhoneですね。

(すでに彼らの選択肢の中に、WindowsAndroidはありません)

 

ユーザーから圧倒的支持を集めている商品には、三つの特徴があります。

この三点を押さえているからこそ、競合との差別化を図ることができます。

 

1.コンセプトがはっきりしている

Macの製品にユーザーが信者化しているのも、

Macの理念に共感しているからだと思います。

彼らの作り出す、シンプルで美しい世界観は、

もはやSonyFujitsu、その他製品には追随する余地はありません。

ユーザーは似たような製品が数多くあるにも関わらず、

ある特定のブランドを“特別なもの” “絶対的なもの” “他とは明らかに違うもの”

という魅力を見出してしまうのです。

まるで恋におちてしまっている盲目状態といえば、

冷たい言い方かもしれません。

 

2.対立する敵がいる

そしてMacに陶酔する人たちは、共通の敵を見出しています。

Windowsです。

OSそのものが違うため相容れることが決してない存在を、

共通の敵として捉えることにより、自身の決心を固くします。

「私はMacを使っているのだから、決してWindowsは使わない」

Windowsを使っているような人はパソコンのことをよく分かっていない」

「私はMacを使っているから特別なんだ」

というような心理状態にさせてしまいます。

これがWebサービスであれば、Mac上で動かすアプリケーションとして、

必ずしも相容れない存在ではないかもしれません。

Dropboxを使う人が、Google Driveも使う可能性はある)

 

しかし、MacWindowsは同一線上に存在することがありませんので、

よりその対立を深める対象として効果を発揮する敵となるでしょう。

Windowsユーザーは、Macを目の敵にしていないところも注目です。

すでにシェアNo.1を獲得していて不動の地位を確立しているから、

相手にする必要がないと言えます)

 

3.ファンを巻き込んでいる

2.の延長線上にもなりますが、ファンをも巻き込んだコミュニケーションを取ります。

コンセプトでファンを魅了し、共通の敵を見出した次は、

信者をどんどん深く広く、拡げていくのです。

 

Appleは新製品を発表する際にも、なるべく情報を拡散させないようにしつつ、

ファンを一気に巻き込んでいきます。

(その前にじわじわと情報がリークしていることもありますが、余興みたいなものでしょう)

 

こうしたファンとのコミュニケーションを取り続ける姿勢が、

さらにファンの中では刺激となり、ますます信者化させていきます。

ファンとの接点をいかに作るか?

ということは、様々な企業が取り組んでいくべき課題でもあります。

(LINE@やFacebook,InstagramのようなSNSを活用する例)

 

AKB48も握手会や毎日テレビに出るという施策を打ちながら、

じわじわとファンとの距離を縮めていったと言えるでしょう。

 

 

こうした訴求力を高める方策は大切ですが、

同時に量を重ねることも大切です。

AKB48も、毎日耳にするのが当たり前、という状況が作られていました。

やはり質は大切なのですが、情報過多な今の時代においては、

ただ良いものだから売れるとは限らないのです。

 

拡げることをマーケティングといいますが、

いまや職人はマーケティングのもとに

ひれ伏している、といっても過言ではないでしょう。

 

様々なメディアを活用しながら、

コンテンツを拡散させる必要があります。

ファンとの接点は、点でなく面で増やすというのが定石です。

 

 

量は質に劣りますが、質だけではファンに届く前に朽ちてしまう。

そんな情報社会の中で生き残るためには、

本当に良いものを長く発信し続ける、ということが大切です。

 

質×質×量というべきでしょうか。

量が少なくても負けてしまうし、量ばかり生み出していても良品には勝てません。

 

質も量も高めていく必要があると言えますが、

ある程度の地位を確立する段階までは量の方が高めやすいと言えるでしょう。

質を向上させ続けていく努力と、量を生み出すことができる熱意。

 

この二つを持ち合わせる必要がある情報発信。

成功する分野が生まれたときは、

もはやライフワークと言えるかもしれませんね。

 

社会常識とのたたかい

結婚って、まさに契約。

 

自分自身が離婚問題に直面していることもあって、

最近は日本の法律知識に触れることが多くなっています。

 

妻との資産分与から子への養育費の決定理由、離婚に至る原因など、

まるで弁護士になったかのように調べまくっています。

(たぶん、充分に戦えると思います)

 

日本の司法ってなかなか理念に適っていて、

中立・公正・公平な判断の基に成り立っている条文だと思います。

(さすが弁護士バッジが天秤なだけはある!)

 

弱者は優遇されるようになっているから、

養育費も夫婦の所得差で決まりますし、額面も所得に見合った金額になります。

資産分与も、ほとんどの場合は夫婦平等で半分ずつとなるでしょう。

(悲しいかな、男尊女卑の強い国々だとこうは上手くいかないんじゃ・・・)

 

しかし、それが行き過ぎているなあと感じる場面がありました。

相続に関する法律です。

 

基本的には子どもの権利が守られるように日本の法律は出来ているので、

養育費は当然のこと、親権も面会権も子どものためにつくられています。

 

子どもの教育に対して責任を負うことに関しては、

親権を失ったとしても支払うべきだというのは分かります。

しかし、それはあくまでも一定の年齢までに対してに限る、

というのが僕の持論です。

 

親権を選ぶのも15歳になるまでは親が勝手に決めてしまいますし、

そもそも離婚というもの自体も親が勝手に決めてしまうことが多いでしょう。

(事実、前妻はシングルマザー家庭でしたが、本当は離婚してほしくなかったと言っていました)

親が勝手に決めたぶん、子供の幸福や福祉を願って

お金や面会交流で補填するのは分かります。

 

しかし、相続までもが前妻の子までに及ぶというのは、いかがなものでしょうか。

前妻には当然、相続というものは発生しません。

なぜなら、生活を支え合うという関係が解消されているからです。

これは当たり前ですが、すごく重要な部分です。

家族が資産を相続できるのは、この資産を分かち合う存在だから、

つまり支え合う関係性が成り立っているからです。

 

つまり前妻の子に対して養育費を支払い完了させた時点で、

生活を支え合うという関係はすでに解消しているにも関わらず、

元夫が亡くなった場合には前妻の子に対して相続が発生する。

 

これでは再婚した妻やその子との相続争いが起こっても仕方がありません。

だって、資産を築き上げた部分に関して前妻の子は干渉していませんし、

お互いを支え合う関係でもないからです。

 

よく資産家が亡くなって愛人が相続人として名を挙げる、

というような噂話を耳にしますが大方間違いないな、と思います。

だって妻や子、兄弟に関してみれば愛人は関係ないですから。

資産を一緒に築き上げた存在でもありませんし、

生活を支え合っている関係でもありません。

 

このあたりは、非常にグレーな部分だと思います。

社会は一夫一妻を望んでいますが、男性は一夫多妻を望んでいるという・・・。

うまく折衝するような方法が出ないと、残された人たちはただただ悲しい。

亡くなった人の自分勝手な行動が負の遺産となって遺されるだけです。

(まあ、妻からすれば本当に自分勝手なことなんで当然かもしれませんが)

 

まあとにかく、僕が言いたいのは相続ってなんだか納得いかないよなあ、

という日本の税法の暗い影の部分です。

そもそも、2・3回相続したら資産の大部分が持ってかれるっていう話もあります。

実際、億単位で資産がある場合は8割くらい持ってかれます。

富の再分配、という大義名分のもとなのですが、

金持ちは海外を活用した節税方法もたくさん知っているだろうし、

こんな不平等なのにうまくいくのかなあ?という感じがします。

 

例えばシンガポールに10年以上住めば、

外資産は日本の相続税からは外れます。

結局、いたちごっこになるのなら、

合意点や着地点はないものなのか・・というところです。

 

僕はベーシックインカムですべてが解決すると思っているのですが・・・。

うーむ。

ブログを再開しました。

昨日のことです。

スマホで新しいアプリをダウンロードしたときに、

「レコメンドアプリがあります」

って感じでピュッと差し込まれた広告が。

 

そこには『みんチャレ』という

見慣れない文字が並んでいました。

 

サクサクとアプリをタップし、説明文を読んでみると

「習慣化しましょう!5人チームで!」

みたいな感じでワクワク感が満載でした。

 

「まるで江戸時代の5人組のような制度だなあ」と。

 

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その発想の面白さに惹かれながら、

人の目を気にする自分には合ってるかもしれないと思い、

さっそくダウンロードしてみることに。

 

ちょうどそのとき

 

「ブログを始めたいなあ・・・」

(でも、まだサイト名も決まってないんだよなあ・・・)

 

「書くの好きだし自分なら出来そうだなあ・・・」

(でも、どうやって集客するかもわかんないし・・・)

 

って感じで、非常にもじもじしていました。

 

ただブログを書きたいという想いは募り募っていたので

(もともと文章を書くのが好きで、毎週1冊大学ノートを消費している)

 

「こんなことでは、いつまで経ってもブログを始められない!」

ということで決心して書き始めることにしました。

 

ドメイン名とかブログの方向性が決まったら、本ブログに移行しよう

と考えています。

(とりあえず以前に使ってた雑記ブログを使い始めました)

 

ところで、習慣というのは21日間で習慣化するようです。

「これホントなのかよ」

と今まで疑問だったので、試したことがありませんでした。

 

せっかくなので21日間続けてみて、

これで習慣化したなら人生で使える習慣化システムとして使おうと。

 

「ぜんぜん効果ないじゃん!」

ってなったらまあそれでいいかと。

 

習慣化に悩んでいる人たくさんいるし、

(私もそのひとり)

もしこれで成功したなら教えることもできるしハッピー。

 

コツコツやるのは好きなので、

楽しみながら書き続けていきます。